【名前に刻まれたルーツ】勘兵衛・清太郎・忠助――名字や通称に隠された家柄の記憶

日本の歴史において、個人の名前にはその人物の出自や家柄が色濃く反映されています。今回は、名前に込められた“氏族の記憶”に注目し、身近な名前の背景にどんなルーツがあるのかを紐解いてみましょう。

■「勘兵衛」の“勘”は菅原氏のしるし
「官兵衛(かんべえ)」といえば黒田官兵衛が有名ですが、この「官(かん)」は「菅(すが)」と同音であることから、やがて「勘」という字でも書かれるようになりました。
つまり、「勘左衛門」「勘兵衛」「勘平」などの“勘”のつく名前は、菅原氏の流れをくむ可能性が高いのです。学問の神様・菅原道真を祖とする名家の名残が、こうして名乗りに残っているわけです。

■「郷右衛門」は“江”から変化した名
「江」は大江氏に由来します。大江氏は菅原氏と並び、平安時代から文章道(もんじょうどう=文筆・学問の道)を継承する家筋として知られていました。
やがて「江」は“え”と読まれ、「郷(ごう)」という字に変わり、「郷右衛門」「郷太郎」といった名で広まっていきました。文人としての血筋が、郷名の中に受け継がれていったのです。

■「清兵衛」の“清”は清原氏の証
「清兵衛」「清太郎」などの“清”という字は、清原氏を意味しています。清原氏は古くは明経道(儒教的学問)に通じ、また清原武則のように武人としても名高い一族です。
清原氏の末裔は、武家としても各地に勢力を広げました。その名残が“清”のつく名前に色濃く残っています。

■「忠助」の“忠”は中原氏から
「忠右衛門」「忠兵衛」「忠助」などに見られる“忠”の字は、中原氏の「中」に由来します。平安末期から鎌倉時代にかけて活躍した木曽義仲の乳兄弟・中原兼平などが代表例です。
「保元物語」「平家物語」などにも中原一族の名は頻繁に登場し、その中の“中”が転じて“忠”と書かれるようになりました。

■「安兵衛」の“安”は安部氏の名残
「安兵衛」「安次郎」などの“安”は、古代から続く名族・安部氏に由来します。安部氏は日本書紀の時代から名が知られ、後には「安藤」や「安東」といった名でも知られるようになりました。
「安大夫」などの呼称でも見られるように、古代から武家や貴族の名乗りとして使われ続けています。

■「丹」は“丹治氏”の血を引く者たち
「丹太夫」「丹五郎」「丹内左衛門」など、“丹”の字は丹治(たんじ)氏の人々を示します。武蔵七党のひとつ「丹党」もこの流れに属し、関東各地で活躍しました。
「桑名丹二大夫」「秩父黒丹五」「青木丹五郎」など、地域ごとに“丹”のついた名乗りが伝わっており、土地に根ざした一族の誇りを感じさせます。

■名前は“家系図”の一部
このように、日本の伝統的な名前の中には、その人の家柄やルーツ、社会的な背景が織り込まれていることが少なくありません。あなたのご先祖や旧家の名前にも、きっとそのような“しるし”があるかもしれません。
名前を読み解くことは、家系をたどる旅の第一歩。名字だけでなく、通称・官名・排行にまで目を向けると、ご先祖の歩んできた道がより鮮やかに浮かび上がってくることでしょう。