歴史人口学のはじまり ― 教区薄冊から読み解く人々の暮らし

フランスの人口学者ルイ・アンリは、第二次世界大戦後に歴史人口学という新しい研究分野を切り開きました。彼が注目したのは、ヨーロッパ各地のキリスト教会に残されていた「教区薄冊(parish register)」と呼ばれる記録です。

教区薄冊には、洗礼・結婚・埋葬といった人生の節目が詳細に書き留められていました。
たとえば洗礼の記録には、受けた日付や子どもの名前、両親の名前が記されます。結婚記録には、誰と誰が結婚したか、出身地や年齢、そして署名(文字を書けない人の代筆署名を牧師がしていることも多かった)が残されています。埋葬についても「何月何日に誰が亡くなった」と具体的に書かれていました。

つまり「生まれる・結婚する・死ぬ」という人生の三大イベントが、すべて村や町の住民一人ひとりについて残されていたのです。これは現代の戸籍や住民票に近い役割を果たしていました。

ルイ・アンリの功績は、この膨大な記録を単に「出生数や死亡数を数える」のではなく、歴史的な人口推計の学問として確立した点にあります。彼の研究により、当時の出生率・死亡率・平均寿命・結婚年齢などを科学的に復元することが可能になり、「歴史人口学(historical demography)」という新しい分野が誕生しました。

今では当たり前の人口統計ですが、それを歴史の研究に活かす発想を最初に実現したのがルイ・アンリだったのです。