「文様から家紋へ」―平安末期に花開いた“紋章”文化のはじまり

私たちが見慣れている「家紋」は、実は最初から家の象徴として存在していたわけではありません。
平安時代末期、人々が「洗練されたもの」「格式あるもの」へと価値を置くようになった風潮の中で、衣装や調度品に付された文様が次第に個人や家を象徴する“印”として機能し始めました。
最初は装飾であったものが、時代の中で次第に定着し、やがて「家紋」として発展していったのです。

この記事では、平安末期から鎌倉初期にかけての「模様」から「家紋」への変遷について、具体的な人物や事例を交えながら紐解いていきます。

■ 「洗練」が重視され始めた時代背景
平安時代末期になると、貴族や武士たちの間で「洗練された意匠（デザイン）」が好まれるようになり、生活のあらゆる場面でその感性が反映されるようになっていきました。
その延長線上で、車や衣装、武具にあしらわれる「模様」もまた、ただの装飾ではなく、個人や家の格式・趣味・理念を示す“象徴”として重みを増していきます。

たとえば、平安末期の公家・西園寺実季が、牛車の飾りに巴（ともえ）文様をつけていたとされます。この巴紋が、のちの「家紋」につながる最初期の例とされています。
承久記に西園寺公経のことを「巴の大将」と呼ばれていたことからも、彼の一族が代々巴紋を使用していたことがうかがえます。

■ 武士と紋の関係の深化
平安末期から鎌倉時代にかけて、武士が戦場で自らを識別するために旗や盾に模様を入れるようになります。
『前九年合戦絵巻』には人物の盾に文様が描かれていたことが確認できます。
また、源氏が白旗、平氏が赤旗を使っていたという記録もあり、これが後の「旗印（はたじるし）」や「家紋」の基礎となっていったと考えられます。
雲上家と呼ばれた高貴な家々の印を、地方の武士たちが模倣する例も多く見られました。

■ 模倣と広がり、家紋文化の定着へ
ある家が特定の文様を使い始めると、それに倣って同様の紋を使う武士たちが増えていきました。この「模倣の連鎖」が、結果として紋章文化を広く定着させていったのです。
鎌倉幕府を開いた源頼朝の挙兵のころには、すでに多くの家が独自の文様を旗や幕にあしらっていたとされ、こうした文様が家の象徴＝「家紋」として確立していく流れが本格化しました。